何人かの『野球小僧』日記作家も“高校球児の涙”について触れているので。

 間もなく、第85回全国高校野球選手権大会の代表校が出揃う。憧れの甲子園を目指したが、文字通り“涙を飲んだ”球児は星の数にも勝るとも劣らないのではないか。

 涙には様々な理由があるだろう。それは純粋な悔しさであったり、3年間のほとんどを野球に捧げて来た誇りであったりと。


 僕自身も高校時代。最後の夏も埼玉県大会のベスト16(5回戦やったかな!?)で散った。対戦相手は県下でも有数の進学校であった大宮高。正直、負けるとはチームの誰もが思っていなかった。心はその先の上尾高(春の県大会で敗戦した相手)。また、春日部共栄高、聖望学園高など。(確か、浦和学院高はブロックが違ったんちゃうかなぁ???)まぁ、今思えば、一戦、一戦を勝ち抜いていくという気持ち欠けていたのが一番の敗因だったのかも知れない。

 試合の詳細は省くが、僕らは1×3で敗れた。試合後、チームメートの大半が号泣していた。でも、僕は不思議なことに涙が流れなかったのである。
 考えられる原因としては―。
○左手首を痛めており、ベストコンディションには程遠く(打順も本来の中軸ではなく、下位であった)
○この試合、公式戦では初の途中退場(代打を出された)
○勝てると思っていたので、実感が湧かなかった
 などが挙げられるだろう。

 スゴイ器の小さい人間のようで恥ずかしいのだが。僕はその時、試合に負けたことよりも途中で代えられてしまったことの腹立たしさ、悔しさ、怒りの方が大きかったのは事実。涙腺は脆い方ではあるが、涙が出る状況ではなかったのである。
 ただ、学校へ戻るバスの中。普段、僕はチームメートで仲の良かった井尻裕之とバスの最後部座席を陣取り、試合前も試合後もギャアギャア騒いでいたものだが。さすがにその時ばかりは、頬杖を付きながら車窓の風景ばかり見ていた記憶がある。やや冷静さを取り戻して、次第に頭の中は真っ白に。そして、胸の中がかきむしられるような気分を覚える。アスファルトの地面の上に叩き付けられてグシャグシャになったリンゴにでもなったような感じであった。それでも、涙が頬を伝わることはなかった。


 生涯で一度だけの“あの夏の日”。絞り出すまで涙しておけば、心行くまで涙していたならば。そういう終わり方をしていれば、その後の野球人生は変わったものになっていたのではないか?時折、そのように思うことがある。単に、体の良いこじつけとエクスキューズであるけれども。それだけ、あの場で流す涙にはとても価値があるように思えて仕方がない。

 尚、主将を務めていた広池浩司(現カープ投手)も泣いていなかった。本当にそのようなコメントをしたかどうかは定かではないが、翌日の新聞には

【負けて悔いなし涙なし 爽やかな笑顔】
「高校野球生活は終わってしまったけれども、この素晴らしいメンバーで戦えたことに満足」と、爽やかな笑顔を残し、主将の広池は大宮市営球場を去った。

 みたいに書かれていた。ってことは、泣こうが泣くまいが。結局、その後は本人の力量によるということなんかなぁ(苦笑)。


======================
 泣かない高校球児を見ていると、ある歌のフレーズが頭をよぎる。
『卒業式で泣かないと 冷たい人って言われそう〜』(卒業/斉藤由貴)
 季節外れではあるが、高校球児にとっては一つの卒業式みたいなものだ。いや、最後の夏に泣くことが出来なかった人間の屈折した感情なのかも?やっぱり、泣いておけば良かったんかな!???

コメント

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

最新のコメント

日記内を検索