ウイニングボール

2005年9月5日
ウイニングボール
 9月4日
 京都大2回戦(西京極)で先発。
 近畿大の先発・松嶋勇太投手(興誠高出身)は
 嬉しいリーグ戦初勝利を挙げた。

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 大学4回生。当然、この秋のリーグ戦が“ラストシーズン”になる。それぞれが様々な想いを抱いて、この“ラストシーズン”の開幕を迎えているのである。

 近畿大の4回生左腕・松嶋勇太投手はリーグ戦開幕から2試合目の先発マウンドに立っていた。
 前日には同回生の甲藤啓介投手が京都大打線を僅か2安打に抑えて先勝。勝点を掴む為の大事な試合の先発を任されたのだ。
 本来ならば、松嶋には先発のチャンスはなかった。しかし、エースである3回生左腕・大隣憲司投手が春季リーグ戦、大学選手権、日米大学選手権の疲労による左足首痛で今節は登板を回避。言い方は悪いが、“補欠繰上げ当選”のようなものである。とは言っても、層の厚い近畿大の投手陣の中で先発の座を射止めることは簡単ではない。
 それでは、なぜ、松嶋が先発のチャンスを与えられたのかか?それは榎本保監督が松嶋の悔しさから這い上がる姿勢に期待したからだ。

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 今春、松嶋は榎本監督の逆鱗に触れた。
 5月19日の立命館大3回戦(スカイマーク)。この節は1勝1敗で迎えていたのだが、雨天により試合が順延となり後回しになっていた。既に近畿大は4日前の関西学院大2回戦で4季振り37度目の優勝を決めていたのであるが、全校から勝点を奪う完全優勝の懸かっていた大事な一戦。
 この試合で松嶋はエース・大隣の後を受けてリリーフ登板。だが、1−0で勝っていた試合を引っ繰り返される。松嶋は制球難で苦しみ、安易にストライクを取りに行ったところを…代打・大久保良治捕手に左翼越えのツーラン本塁打を食らったのだ。

「もう松嶋は使わないです」
 試合後、榎本監督は珍しく険しい顔で報道陣の前でコメントした。そして、そのコメントに嘘はなく、松嶋は大学選手権の時にはベンチ入りのメンバーからも外されたのである。

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 だが、松嶋は“ラストシーズン”に榎本監督から“ラストチャンス”を貰った。
 もしかしたら“ラストピッチ”になるかも知れない登板に若干の緊張もあったが
「いつもフォアボールで自滅している。だから、丁寧に低目にボールを集めようと」
 それだけを心掛けて春の雪辱を晴らす好投を見せた。
 7回を投げて、
 球数106球・被安打6・奪三振10・与四球2・与死球1・失点1・自責1
 という投球内容。先発投手としての役割を存分に果たすもので、4年目にしてリーグ戦初勝利を手にしたのだ。

 榎本監督も
「松嶋がよく投げてくれた。神宮でベンチを外された悔しさを持っていてくれたんでしょう。外したのは僕なんですけどね(笑)。まぁ、大隣も順調に回復しているし、先発は難しいかも知れないですけれども、これから大事な場面で投げさせることが出来ます」
 と高く評価した。

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 試合後のミーティング。残念ながら近畿大ロッカールームの扉は閉ざされていたので詳しい状況は分からないが、薄い壁を通して、大きな歓声が上がった。

「最後に榎本監督がウィニングボールを自分に渡してくれたんです。それでです」
 少し照れながら、初勝利の祝福を受けたことを語る松嶋。そして、受け取ったウイニングボールはどうするのか?と尋ねると
「今日は初めて親が実家(静岡県浜松市)から試合を観に来ているんです。日曜ですし、先発することも分かっていたんで呼んだんです。だから、親に渡したいと思います」
 と松下はまたまた少し照れながら質問に応える。

 意地を見せた“ラストシーズン”の始まり。そして、両親へ何よりも最高のプレゼントも渡すことが出来る。松嶋の表情が外の雨模様と反比例するかのように晴れ渡っていて、とても素晴らしいものであったことは言うまでもないだろう。

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 球場の外では松嶋の両親が待っていた。

「昔からツーアウトを取った後にランナーを出すから本当にヒヤヒヤしましたよ」(母)
「新幹線で静岡から来た甲斐がありました」(父)

 両親の表情も松嶋と同様、晴れ渡っていた。そして、2人の目の奥はウッスラと光っていたようであった―。

 きっと両親は手渡されたプレゼントを手に取りながら、静岡までの帰路で愛息の勇姿を思い浮かべていたに違いない。

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