試合球?

2003年11月1日
 明治神宮大会への出場権を懸けた“大阪市長杯争奪第1回関西地区大学野球選手権大会”(名称、長っ…従来までの関西地区代表決定戦)を観る為に、南港中央球場へ行く。


(大阪産業大3×2同志社大)※延長12回
 大阪産業大は左打者が多く、機動力に恵まれたチーム。2番打者の森山周内野手を筆頭に俊足選手が揃っていた。とにかく出塁したら、走る、走る!!

 投手起用は3日連続のトーナメント大会ということで、本来ならば頭(先発)のエース・徳山征守投手が後ろ(抑え)に回るスタイルとなった。(結局、延長戦に突入したので、ほぼ1試合を完投したのに匹敵する8回2/3を投げたが)
「違和感はありますけど。リーグ戦が終わってから組み込んだOP戦でテスト登板したので、少しずつ感覚は分かって来た。連投も大丈夫です。頑張ります」
 と、徳山はまだあどけなさの残る少年のような顔で力強く語っていた。

 その他には後藤剛捕手のスローイング。強肩、スピード、正確さ…どれもが高水準で、山口剛内野手の一つ一つの仕草が“プロチック”やったんが印象的であった。


 同志社大・渡辺亮投手は丁寧な投球。特に、2ストライク後の勝負球が良い。12回を投げて、18三振を奪う力投も…味方の失策絡みで3失点(自責点1)。夢に見た神宮球場のマウンドに立つことなく、渡辺の大学野球生活は終わってしまった。
「最後になっちゃいましたね…。でも、リーグ戦で優勝出来たこと、通算で26勝も挙げられたことは想像も付かなかっただけに嬉しい」
 試合後、涙を目に浮かべることもなく。いつもと同じように淡々とした口調で語る渡辺。でも、心の中では悔しさと無念さで満ち溢れていたに違いない。

 渡辺は投球中によくボールを手に取ってはジーッと、見つめる癖がある。ただ、この日はその頻度が高かった。そのことを尋ねると
「言い訳じゃないんですけどねぇ。今日は試合中にコロコロ、ボールが変わるんですよ」
 そりゃ、たった一球のボールで試合を進めるのは至難の業。グラウンドコンディションやファールの数などにも左右されるが、大体、1試合に1〜2ダースのボールを使うのはザラである。が、渡辺はそんなことを言っている訳ではない。ボールのメーカーが変わっていると訴えたかったのだ。しかも、イニングの途中に。
 メーカーによって、ボールを握った感覚は異なる。小さく感じたり、柔らかく感じたり、縫い目に引っ掛かりを感じたり…などなど。この感覚は投手にとっては生命線。だから、ボールがチェンジされる度に、感覚が異なることに違和感を覚える。
 日頃、関西学生リーグでは基本的に、試合中にボールのメーカーを変えるということがないので、渡辺は余計に違和感を覚えていたと言う。

 まぁ、この件については11月2日の日記にも続けたいと思う。

試合球?

2003年11月2日
 な〜んか昨日の日記が支離滅裂になってしまった為に…恐らく、今日もまとまりがなくなりそうな気がする。

 前日に引き続き、南港中央球場へ足を運ぶ。
“大阪市長杯争奪第1回関西地区大学野球選手権大会”の準決勝を観戦。

(大阪産業大3×2阪南大)
 大阪産業大は投手陣が踏ん張り、同志社大戦と同じく1点差で勝利する。
 阪南大は先制しながらも逆転負け。好打者・池内大輔捕手が変化球(多分、カーブ)を巧く拾い上げ、右翼越えのソロ本塁打を放つも及ばなかった。

(佛教大0×1龍谷大)
 龍谷大は1番打者に定着した明神宏文外野手が左前安打で出塁。5番・山口慶彦外野手の適時打で先制して、試合の主導権を握ったかのように見えたが。その後は“ゼロ行進”が続く。しかし、エース・齋藤伸介投手が落ち着いた“大人の投球”で佛教大打線を僅か1安打に封じ込む好投。ただ、8回表に内角を突いた勝負球がことごとく死球になり、二死満塁で無念の降板も柳瀬明宏投手が切り抜けた。
 佛教大は打線が沈黙。球質の重そうな横地孝之投手の力投に応えることが出来なかった。(横地、球威はあるが…球種の癖が出ていた。僕ごときに見破られるくらいだから要修正)


 で、昨日の続きに。
「ボールが変わるんですよ。ちょっと戸惑いましたね。リーグ戦ではボールのメーカーが試合中に変わるなんて絶対にないですからね」
 試合後、齋藤も前日の同志社大・渡辺亮投手とほぼ同じコメントをした。

 今トーナメントは協力企業メーカーより用具提供があり、ボールも複数社のものを使用しているとのこと。
 推測ではあるが…短い大会期間中に一つに限られたメーカーのボールだけを偏って使用する訳にも行かないという背景があり、試合中にミックスされる現象になったに違いない。
 ちなみに投手が投げ易いと思うボールはM社のもの。反発力が強く、飛距離が出る。打者有利と言われているM社のボールが投手に人気があるのは意外であったが
「革が柔らかくて、馴染み易いんですよ」
 という声が大半である。
 逆に、投手が好まないのがS社のもの。少し大きく感じ、縫い目の山が高すぎるらしい。
 また、大学選手権や明治神宮大会など、東京での全国大会では関西圏では馴染みの薄いメーカー(I社やMP社など)のボールも使用される。当然、大会期間中に各メーカーのボールを平等に使わなければならないから、試合中にミックスされる。それを大半の投手が毛嫌いする。
 本人から直接、聞いた訳ではないのだが
「野村(宏之投手、近畿大)なんかは露骨に嫌がりますよ」
 と。野村が全国大会でなかなか好成績を残せなかったのは、このような問題が絡んでいたからなのかも知れない。

 尚、ボールの感覚を重要視するのは野球だけではないらしい。
“タイガー・ジャージ軍団”こと慶應大ラグビー部出身の朝日新聞記者・野村周平も
「大会の2週間くらい前に“今回はこのメーカーのボールを使います”って、事前に知らされるのは常識っすよ」
 そう言っていた。きっと他のボールを扱うスポーツもそうであるはずだ。

 ボールのメーカーによって、若干ながらも勝負の風向きが変わる。もうちょっと気にしてみても良い問題であるように思う。


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 思いっ切り余談であるが。
 学生野球生活を終えた近畿大の4回生主力選手が学内恒例のソフトボール大会に参戦していたようだ。
 前述の野村(小学生時、ソフトボール経験者)がエースで、田中雅彦捕手、糸井嘉男投手、中村真人外野手、島和也主務らで脇を固める。
 でも、この豪華メンバーでさえも優勝を逃してしまったらしい。他チームに体感速度150?以上の好投手がいたようだ。
 尚、糸井と中村がハッスルしていたとのこと。なんとなく想像が付く(笑)。

雨中の決勝戦

2003年11月3日
 3日連続で南港中央球場へ足を運ぶ。“大阪市長杯争奪第1回関西地区大学野球選手権大会”の決勝戦(大阪産業大×龍谷大)が行われるからである。

 この日の関西地方の天候は…朝から生憎の雨模様。まずは野球小僧・松倉雄太より
《高校野球、近畿大会(皇子山球場)は中止になりました。南港は大丈夫ですかね?》
 といった旨のメールが入る。そこで、南港での試合が行われるかどうかを尋ねる為に、頼りにしている敏腕・古谷純一(近畿大、関西学生連盟委員)に電話を掛ける。だが、天候、グラウンドコンディションが微妙な状況。
「とりあえずは行う方向ですが」
と、古谷。そういうことで、松倉や朝日新聞・野村周平、共同通信社・白石智絵らとマメに連絡を取り合いながら、南港へ向かった。

 南港へ着いた頃、雨はドシャ降りであった。だが、幸いにも南港中央球場は人工芝。試合開始を1時間遅らせて(12:00→13:00)、決勝戦の幕が開くことに。

 午後になったら雨は降り止むという予報であったが、雨はいっこうに降り続けたまま。詰め掛けた観客、関係者らの大半がスタンド上部にある屋根(僅かなスペース)の下で雨を凌ぎながらの立ち見という状況。そして、この決勝戦は明治神宮大会へコマを進める大事な試合。また、両校(大阪産業大、龍谷大)共に連戦。ベストコンディションで試合をして欲しかったのだが、天候が相手では文句の言いようがないといったところか。

 試合展開は互いの投手力の高さを見せたと言えば聞こえは良いが…失策、バントミスなどが多かったのも事実。両校、決め手に欠いた。まぁ、これも悪天候が少なからず影響していたのかも知れないから、あまり言及しないことにする。

 試合は大阪産業大1×1龍谷大の同点のまま、延長戦に突入。これは龍谷大にやや有利な感。それは大阪産業大のエース・徳山征守投手は3試合連続(3日連続、ロングリリーフもあり)のリリーフ登板。体と心の疲労がピークに達しているのは火を見るより明らかであった。また、チームの命運を任すことが出来る投手がもうベンチにいないというのは正直なところ。それに引き換え、龍谷大はリーグ戦でも実績のある下口哲也投手、竹原俊介投手が残っていたし、何よりも後攻であるのは大きなアドバンテージだ。

 その予想が当たった訳ではないだろうが、11回裏に勝負は決まった。
 疲労困憊の徳山が制球に苦しみ始める。四死球やワイルドピッチ(2個)が絡み、一死走者1、3塁となった。ここでセオリーならば、ベンチは満塁策を指示するのだろうが、徳山は本郷峻介内野手と勝負…本郷の放った打球は左中間を破り、龍谷大が劇的なサヨナラ勝で3年振り2度目の明治神宮大会出場を決めた。

 試合後、初の神宮出場を阻まれた大阪産業大のベンチ裏。選手の大半が号泣していた。指揮を奮った藤田透監督までもが目に涙を浮かべていた。そのような時にインタビューをするのは気が引けるのだが、こっちも仕事である。何故、満塁策を指示しなかったのかは尋ねておかなければならない。
「ここまで徳山で勝って来たんです。最後は徳山に任せようという判断です」
 藤田監督はそう語り、ここまで勝ち続けて来た選手を褒め称え、感謝の気持ちでいっぱいだと続けた。そして、
「来年も機動力が使えるメンバーが残る。そういうスタイルに、個々の底上げで再挑戦したい」
 力強く雪辱を誓った。


 尚、大会MVPは齋藤伸介投手(龍谷大)が。敢闘賞には徳山が選ばれた。

 明治神宮大会は11月14日から開催される。
「とにかく、苦しい戦いであっても一つ一つ必ず勝ちます。低迷続き、全国大会で勝てないと言われている近年の関西勢。今春(大学選手権)、関西勢の全てが1回戦で敗れた時に、榎本さん(保、近畿大監督)が責められた気持ちは痛い程、分かります。絶対に勝ちます」
 龍谷大・椹木寛監督がそう語っていた時にちょうど、榎本監督と立命館大・松岡憲次監督が
「椹木さん、おめでとうございます。頑張って下さいよ」
 と、偶然、ロッカー前通路に現れた。

 関西圏を拠点にして、活動している僕も期待している。とにかく勝ってくれっ!

ビックリしたなぁ

2003年11月4日
 え〜っ、既にたくさんの方が言及しているので、僕はサクッと行きます。←手抜き???

 春先のOP戦で負傷。今シーズンを丸々、棒に振ってしまった小久保裕紀内野手がホークス→ジャイアンツへ無償トレード!!!(昨日、南港中央球場で野球小僧・松倉雄太に「島尻さん、知っていますか?」と、聞かされて…ホンマにビックリした)

 ホークスの経営難やジャイアンツの“悪い病気”。それに様々な背景から生まれた出来事なのだろうが…今後の野球界の移籍問題に大きく影響(悪い方向に)して来る“事件”であることに間違いない。非常に不安である。

 昨日、大阪と神戸では18年振りのリーグ優勝を果たしたタイガースのVパレードも行われた。確かに、これもビッグニュースではあるのは理解出来るが…スポーツ紙の表一面、裏一面をその報道に割いてしまうスタイルはどうなんやろう?(全紙、確認した訳ではないが…。あと、あくまでも関西圏の話し)そういう意味でも正直、ビックリした次第。

 って、別にタイガースを軽んじている訳ではないので御理解を。ただ、今回の“小久保無償トレード”は前述したようにホンマに“大事件”なんやからさぁ。
 えーっ、言い訳のようであるが…非常に忙しい。なんせ週末までに入れなければならない原稿が山積みなのだから。
「じぇ〜んじぇ〜ん、減らへんやんか…(嘆)」
 が口癖になってしまっている。
 まぁ、仕事の依頼があるという嬉しい悲鳴なんやけれどもね。

 夜、とあるスポーツ紙の記者と取材も兼ねた食事(当然、アルコールあり)をしていたのだが。彼の携帯電話がよく鳴ること、鳴ること。まぁ、それも仕方のない話しだ。タフィ・ローズ外野手(バファローズ)がバファローズとの契約交渉を打ち切ると、代理人を通して伝えたとか伝えていないでテンテコマイなのだから。
 で、ローズの行く先は…そんなん書かないでもええか(苦笑)。
 ストーブリーグの主役は讀賣で決まりやな。あっ、ジャイアンツだって書いてもうたがな…(苦笑)。

余裕なし

2003年11月7日
 えーっ、本当に忙しい訳でありまして…夢にまでバファローズが出て来る始末。(バファローズの原稿を書いているのであります)

 アテネ五輪アジア予選のことなどもタップリと書きたいのですが、悲しいかなダメダメ・ライターとしては日記を書く余力は全く残っていないのであります。

 という訳で1〜2日、休ませて戴きます。御容赦の程を。


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 詳細は分かりませんが…来週発売の『週刊プレイボーイ』(集英社)に僕のコメントが載るかも知れません。ドラフトを目前にして、電話取材を受けました。
 30分くらい”あーだこーだ”と喋っていましたが、どのように取り挙げて貰えるんやろう?

更新再開は

2003年11月9日
 ふーっ、ようやく一段落。
 しばらくの間、僕にバファローズの話題は禁物!???もう、ホンマにお腹いっぱい(苦笑)。

 日記は11月10日分より更新再開となります。

おかげさまで1周年

2003年11月10日
 夏場以降…もっともらしい言い訳を作って、サボって!?しまうことも多くなったのであるが(苦笑)。愛読者皆様のおかげで本日、この駄日記極まりない【野球ノ歩キ方】も1周年を迎えることが出来た。
 この間、様々な激励や御意見。時には御指摘も多数、頂戴した次第。心より感謝申し上げたい。


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 11月に入っても、野球界の話題は尽きることがない。ストーブリーグ真っ盛り。
 FA宣言選手は伊良部秀輝投手、下柳剛投手(ともにタイガース)、松井稼頭央内野手(ライオンズ)、高津臣吾投手(スワローズ)、村松有人外野手(ホークス)。
 その中でも村松がブルーウェーブ、ファイターズ、マリーンズの同一リーグから熱烈なラブコールを受けている。今季年俸が4,100万円(推定)と、各球団、財政的な負担が少なくて済むというのが大きな背景であると言われているが。それ以上に、きっとホークス相手に戦って来た他球団から見て、魅力的な選手だからに違いない。
 村松で思い出すのが今春の高知キャンプ。その当時の日記にも書いたかも知れないが!?活気に満ちた選手が多いホークスナインの中でも、村松のひたむきな練習態度は際立っていた。そう言えば、今シーズンはサイクルヒットも記録(7月1日のバファローズ戦、大阪ドーム)しているんやった。
 村松が希望している天然芝球場を本拠地として、条件も良い(4年4億円、背番号7を用意)ブルーウェーブが獲得戦線で一歩リードと報じられているが、その去就は今後も注目である。


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 スポーツ紙や専門誌などでもドラフト会議(=新人選手選択会議)の注目選手が取り挙げられているのが目立つ。(←僕も関わっているのもありますが)続々と自由獲得枠で入団される選手も発表され、候補選手たちの“運命の日”は間近(11月19日)だ。
 尚、個人的にはどうしても取材したことのある選手の動向が気に掛かる。
(先日、自由獲得枠でタイガース入団を発表した愛知学院大・筒井和也投手には本坊英臣主務を通して、祝福の電話を入れる。聞き忘れたが、熱烈なタイガースファンで有名なタレント・松村邦洋から蘭の鉢は届いたのだろうか???)


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 アジア五輪予選を3連勝で突破して、アテネ切符を手にした日本代表。打線の繋がりは勿論、投手陣の質の高さを見せつけられた感あり。特に、縦変化を武器とする小林雅英投手(マリーンズ)や松坂大輔投手(ライオンズ)→スライダー、黒田博樹投手(カープ)、上原浩治投手(ジャイアンツ)→フォークは効果的であった。ただ、各投手、多少の気負いがあったんかな?それとも、ストライクゾーンの問題だろうか?ストレートが全般的に上ずっていたような気がした。(威力はあった)

 日本代表には敗れたものの、韓国、中国を下した台湾代表もアテネ五輪の出場権を得る。故障の為、メンバーに選ばれることはなかったが、林威助外野手(タイガース)も非常に喜んでいた。

 アメリカ大陸予選では、シドニー五輪で金メダルのアメリカがメキシコにまさかの敗退。アテネ五輪の出場権を逃した。
 う〜ん、観てもいないし、詳細情報も分からんので何とも言えないが…。まぁ、これが一発勝負の怖さなんやろうな。


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 明治神宮大会(11月14日〜)を観に行くかどうか迷っている…。
 社会人野球選手権大会は極力、観に行きたいと思っている。

 我が母校・関西学院大…なんで新人戦(立命館大に勝ち、2季連続6度目の優勝)だけ強いねん。って、僕が“新人戦だけ男”やった!?皇子山球場で小塩貫投手(同志社大→日本生命、既に現役引退)から放った中堅オーバーのスリーベースは良き思い出。ストレートのタイミングで打ちに行ったら、スライダーでドンピシャやったんやけれども(苦笑)。確か、この後に先輩(辻之内直希さんやったと思う)のツーベースでスコアは1×0に。優勝したと記憶しているのだが…。誰かちゃんと覚えていたら教えてチョーダイ。(>近間康隆あたりは覚えているやろう!???)


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 と、相も変わらず、こんな具合にダラダラと…こんな具合に駄文を書き連ねて行く。
 懲りることなく、今後もお付き合い戴ければ幸いです。何卒宜しくお願い申し上げます。


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《お知らせ》
 両方とも発売日をちゃんと確認していないのだが…今週発売のはず。

『SPORTS Yeah!』(角川書店)に、ドラフト関連記事を寄稿。

『週刊プレイボーイ』(集英社)に、ドラフト関連のコメント。
 いやぁ、野球界の話題が多いこと×2。
 スポーツ紙やスポーツニュースなどでの情報の多さに驚く。加えて、どの話題を日記にピックアップするべきなのか…非常に困ってしまう。

 で、本日は…僕自身は足を運んでいないのやけれども、糸井嘉男投手(近畿大)のファイターズへの入団会見(自由獲得枠を使っての)の話しを。新聞、テレビ、ラジオを中心に30人は来ていたとのこと。

 正直なところ、糸井は気の利いたコメントをする選手ではない。
「はい」
「いいえ」
「そうですね」
「まあまあです」
 これらが軸になって、インタビューは進む。まぁ、朴訥な感じは出るんやけれども、聞き手としてはハッキリとした手応えは掴み難い。
 でも、在阪のアマチュア担当の記者はその辺を心得ているから、必要以上に求めすぎない。紋切り型のスタイルを選択。
 だが、そんなことを知らない報道陣の1人が
「今日は球団関係者の方とかと食事をされたようですが、緊張しましたか?味はちゃんと分かりましたか?」
 と、まぁ、重要ではないがありきたりな質問をした。それに対して、糸井は少し間を置いてから
「あぁ、エビでした。エビフライでした」
 本気であったのか、受けを狙ったのか理解しかねる返事を。これには会見の席は大爆笑!?であったらしい。

 尚、このエピソードは…僕が別々に、2人の記者に電話をして聞き出した話し。2人共、開口一番で教えてくれたということは本日の会見でもっとも“糸井らしさ”が出ていたところやったんやろうな。

 その他には、ファイターズが来シーズンより札幌に移転するということで“木彫りの熊”を持たされたり、投手にありがちなスーツの上着(糸井の場合はブレザー)でシャドー・ピッチングをしたり。喜んでいるのか、照れているのかどうかも分からない。淡々と、いつもの糸井と変わらなかったようである。
 まぁ、そんなことはどうでも良い。マウンド上で1日も早く、150?超のストレートでファンを沸かせて欲しいものだ。

 それにしても、やっぱり。現場に足を運んでいないから中身が薄いなぁ、今日の日記は。反省っす…。

朗読

2003年11月12日
 ベースボールマガジン社の江口義忠より連絡を貰う。
「金銭が発生する話しではないのですが。島尻さんの書いた“夢追人”をラジオの番組内で朗読したいと申し出がありまして。で、本人の許可を取っておこうと思いまして」
 という内容のもの。


 神戸のFM局(多分、Kiss-FM KOBEやと思う)が番組内で在阪3球団(タイガース、バファローズ、ブルーウェーブ)の捕手をクローズアップするという企画を立てる。そこで、僕がこの8月に『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)に寄稿。三輪隆捕手(ブルーウェーブ)を取り挙げたヒューマンドキュメント“夢追人”を番組内で朗読したいそうなのだ。

 まぁ、ぶっちゃけたところ、金銭が発生するに越したことはないんやけれども(苦笑)。それでも、自分が書いたものが公共の電波に乗って朗読されるのは“モノカキ”としてはとても幸せなことなので
「ありがたいですねぇ。是非、どうぞ」
 と、即答した次第。

 僕の作品がどのように読まれるのであろう?今から楽しみである。


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 OA番組の詳細はまだ、ちゃんと確認していないんです…。分かり次第、この日記でも告知したいと思います。
 機会がございましたら、御拝聴下さい。

週末は

2003年11月13日
 明日の朝一番で東京へ。
 明治神宮大会を何試合か観戦するのと、ちょっと仕事の話しがあるからである。
 予定では2泊3日。バタバタと、せわしなく動き回ることになり、実家にも立ち寄れないだろう。
 ただ、西宮に引っ越して来てから、お墓参りに行っていないので…これだけはしておこうと思っている。


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 尚、日記は16日(日)か17日(月)にまとめて更新することになりそうです。御了承の程を。

東京1日目

2003年11月15日
 昨日、朝一番の新幹線で東京へ行くはずが、二度寝してもうたがな…。
 で、明治神宮球場に着いたのが、お昼過ぎ。東北高校0×7済美高を観ることが出来ず。それだけに、前日の夜行バスで東京入りしていた野球小僧・松倉雄太の詳細解説はありがたかった。
 既報されているので細かくは言及しないが。ダルビッシュ有投手(東北高)の態度は本当にひどかったらしい。巷で囁かれている“ダルダル・ダルビッシュ”の本領発揮。といったところか!?
 審判の判定への不服、マウンドの投げ難さに始まり、試合前の先攻・後攻を決めるジャンケン(新チームで主将なので)が“うっとおしい”とまで言う始末。まぁ、ピッチャーだからスンナリと試合に入って行きたいのは分かるけれども。でも、そんなんやったら、最初から主将就任を断ればええやん。


 僕的に甲子園(今春・センバツ、今夏・選手権)での印象も良くない。

 春…堂々たる体躯で、中学時代から騒がれていた逸材。大きな期待感を抱いていたからかも知れないが、ダルビッシュの投球に少しガッカリ。アクシデント(脇腹を負傷)でコンディションが良くなかったのを差し引いても、どこかに物足りなさを覚えた。また、偶然にも主審をして、ダルビッシュの球筋を真後ろで観る機会に恵まれていたのが大学の先輩・藤野真で
「う〜ん…ビックリする程ではなかったな。高校生の中では良いけれども、将来的にはどうなんやろう?って、感じやったで。松坂(大輔投手、ライオンズ)クラスと比べるのは酷かも知れんな」
 という感想も返って来た。

 夏…春の印象よりも悪くなった。特に、気に食わなかったのは時折、サイドスローで投じる気の抜けた球。サイドスローで投げるのが悪いとは言わないが、本当に心が入っていないように映る。僕は精神論者ではないけれども、その姿勢に好感を抱くことが出来なかった。

 新チーム結成後、だいぶ変わったということであったが。このようなことが話題になる時点でねぇ…。でも、僕はとてもダルビッシュに期待している。これは決して、こき下ろしている訳ではない。是非、来春のセンバツ(出場は濃厚)では成長した姿を見せて欲しい。


 神宮第二球場へ行き、龍谷大3×2(延長11回)中京大を観戦する。
 齋藤信介投手(龍谷大)はメチャクチャ良かったようには感じなかったが、独特な横滑りのスライダーが効果的で7回1死までノーヒットノーランの快投。しかし、四球を出した後に右直に打ち取ったと思われた打球を右翼に入っていた明神宏文外野手が捕球直前に転倒(前に、滑ったらしい)する(結果はスリーベースヒット)不運もあり、結局は2失点(7回、14奪三振)で降板して勝ち負けに関係なし。

 夜、齋藤と電話で話す。
「お疲れさんやったね。明神君のことシバいたかぁ?」
 僕が冗談交じりに言うと
「いや、そんなことはしてないっすよ。ホンマにアイツ、真っ青な顔してましたからねぇ。まぁ、明神はリーグ戦では良いところで打ってくれたし。自分が踏ん張らなきゃダメですよ」
 模範的な応えをする齋藤。そして、最後に
「明日も頑張りますよ。球数(99球)も放っていないですし」
 と、青山学院大戦への決意を語ってくれた。


 本球場に戻り、東亜大4×1東北福祉大を少し観た後は水道橋のベースボールマガジン社へ。小林光男、江口義忠と1階ロビーでしばらく雑談した後、小林とドトールコーヒーへ行く。いつもごちそうになっているなぁ(苦笑)。まぁ、僕もシュークリームの差し入れをしたからええかな!?


 四谷四丁目のホテルへチェックイン。バレーボールW杯(女子)をテレビ観戦して、キューバ撃破に興奮する。それから、四谷三丁目の『居酒屋あぶさん』でネコ・パブリッシングの大森春樹、佐橋健太郎と会食。尚、佐橋は中学、高校の同級生である。話しは盛り上がり、ベロベロに酔っ払う。あぶさん名物・ホルモン辛炒めをついつい食べ過ぎて、酒が進んでしまった(苦笑)。

東京2日目

2003年11月16日
 昨日は古谷純一(近畿大)のモーニングコールでちゃんと起きる。

 神宮本球場で金沢高1×5愛工大名電高を少しだけ観て、第二球場へ移動。早稲田大2×1城西大(延長11回)を観る為である。
 試合を決めたのはタイガース入団(自由獲得枠)を表明した鳥谷敬内野手(早稲田大)の右中間への弾丸ライナーの本塁打(11回表)。でも、僕的には打撃よりも守備での動きに魅かれる。でも、青山学院大時代の井口忠仁内野手(現ホークス、資仁)の方がダイナミックで、スケールが大きかったようにも思う。

 試合後、鳥谷を囲む取材陣の数が半端でない。僕は輪の一番外側で…鳥谷が何を言っているのか全く聞こえない。もっと大きい声で話してくれればええのにと思いながら
「鳥谷って、大沢たかお(妻は広瀬香美)に似ているなぁ」
 と、どうでも良いことを考えていた(苦笑)。


 龍谷大3×4青山学院大(延長10回)では、山岸穣投手(青山学院大)の好投が印象的。フォークの落差が大きく、龍谷大打線を8回までは完全に抑えていた。来年のドラフト注目選手である。

「関西勢がアカンと言われていますが?」
 敗れた龍谷大の椹木寛監督を囲む記者陣からそのような質問も飛んだが、
「そのことは充分に意識しておりました。だから、まずは初戦突破出来た。そして、次に今日の青山学院大に勝ちたかった。まぁ、結果的には負けてしまったんやけれども、9回の攻撃で意地を見せることは出来たんちゃうかな」
 関西勢復活の足掛かりは掴んだかのようなコメントを。そして、最後に
「選手のことを誉めたって下さい」
 と、いつもの決まり文句を残して、ロッカールームへ消えて行った。

 この試合が最後となってしまった龍谷大の4回生は思いの外、サバサバした感じ。
「ここまで来れるとは思ってもいなかった」(齋藤信介投手)
「悔しいけど、楽しく野球が出来た」(古里直己捕手)
 逆に、1〜3回生の方が涙したり、落ち込んでいて…それを4回生が励ましているという風景であった。


 夜はまたまた『居酒屋あぶさん』へ行く。古谷、千田治彦(関西大)、河内山洋一(立命館大)、福島將之(関西学院大)のマネージャー軍団と共に。
 店内は相変わらず賑やかで、ブルーウェーブ編成の小林晋也、福良淳一らも楽しそうに飲んでいる。集英社の敏腕編集者・Kやライター・衛藤雅美らもやって来て大騒ぎ。また、それに拍車を掛けるのが、週末限定で店の手伝いをしている遊佐兆正(※1)である。
 店長・石井和夫より焼酎のボトルを1本、サービスして貰う。感謝。
 という訳で、連日の深酒になった(苦笑)。


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《高校野球の部》の話しは勿論、今回も色々な人間に会ったことも書きたいのだが。まとまりがなくなる恐れがあるので…。引き出しに入れて、機会があった時に触れたいと思う。決して手抜きではない!???御了承の程を。

(※1)
 遊佐は東海大相模出身のセンバツ大会(92年)準優勝メンバーで日本石油(現・新日本石油)へ進んだスラッガー。残念ながら社会人では芽が出ずに退社したが、現在は漫画家・水島新司率いる草野球チーム・BOTTSで猛打を奮っている。

東京3日目

2003年11月17日
 前夜の深酒のせいだろう。なかなか起きれずにホテルをチェックアウトしたのが時間ギリギリの11:00…。
 明治神宮球場には向かわず、中央線で高尾まで行く。そう、一応、今回の東京での主要目的である墓参りをする為に。

 東京を離れてから約2年。気にはなっていたのだが、全く墓参りをしていなかった。まぁ、墓参りをしたから、急に日頃の生活が好転する訳ではないんやけれどもねぇ。でも、何か心の“ツッカエ”みたいなものは消え去りそうな気はする。実際、墓を掃除して、花を挿し、線香を焚く。久々に父親と会話をしているような感じさえした。近況報告を聞いて貰い、愚痴や悩みに対しては励ましてくれているような…。
 とても遠く、面倒ではあったけれども非常に晴れ晴れとした気分。心がリフレッシュされて西宮へ帰って来ることが出来た。

新人スカウトマン

2003年11月18日
 東京2泊3日で、たくさんの人間と会うことが出来た。
 その中でも今季までベイスターズで現役であった中根仁の人柄(まだ、そこまで付き合いはないのだが)には頭が下がる思い。

 初日にネット裏で、新人スカウトマンとして歩き始めた中根に挨拶。
「現役生活、お疲れ様でした」
 と、付け加えることも忘れずに。すると、大きな体を小さく丸めて、丁寧に応対してくれた。
 そして、翌日。僕が神宮第二球場で試合を観戦していると
「おはようございます。寒い中、大変ですよね」
 なんと中根の方から挨拶して来てくれたのである。しかも、頭が地面に付きそうなくらいに深々と頭を下げて。

 ついこの前まで、現役バリバリのプレーヤー。存分に輝かしい実績も残して来た中根が、僕のような訳の分からんライター(しかも年下やのに)にそのような謙虚な態度で接してくれたのである。
 上手く説明出来ないけれども、中根という“野球人”としての懐の深さと言うか、人間的な魅力を多いに感じた。
 スカウトマンとして覚えなくてはならないこと、現役時代とのギャップなど。色々と苦労もあるだろうが。数年後にはベイスターズ。いや、球界のスターを発掘して来る名スカウトマンになるのでは。そのような雰囲気を感じ取ることが出来た。

 ベイスターズのスカウトマンと言えば、関西担当の宮本好宣もとても親切だ。
 今回も貴重で耳寄りな情報を教えてくれた。(スカウティング活動には関係ない)恐らく、12月6、7日の日記で書けるのでは!?


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 ドラフトの事情通として有名なライター・小関順二に挨拶する機会にも恵まれる。
 これまでにも何度かニアミスはしていたのだが、声を掛けるタイミングを逃していた。ようやく挨拶が出来、名刺を交換すると
「あぁ、あなたが島尻さんだったのですか。結構、私と記事がバッティングするので気になっていたんですよ」
 って、後発の嫌なヤツやと思われている???不安が襲ったが、
「お互いに頑張りましょうね」
 と、小関の口調が穏やかであったので一安心した次第。


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 関西圏のライター陣である谷上史朗、服部健太郎は忙しそうやったなぁ。
 僕なりに友好的な関係であると思っているけれども、それだけではアカンのやな。だって、ライバルという存在でもあるのだから。
 差を付けたい、付けられたくない。見下したい、見下されたくないとかいう低次元ではなく、意識はして行きたいもの。それで切磋琢磨出来ればベストである。

ドラフト当日

2003年11月19日
 プロ野球新人選手選択会議。通称=ドラフトの当日となった今日は近畿大へ行って来た。
 既に自由獲得枠でファイターズへの入団が決まっている糸井嘉男投手に、野村宏之投手、田中雅彦捕手も指名が予想され、合同会見が行われるからである。って、既にドラフトは終わっているんやけれどもね。
 野村はブルーウェーブ5巡目、田中はマリーンズ4巡目の指名を無事に受ける。糸井も含めて、近畿大からは3選手がプロ入りすることに決まった。

 また、松村豊司投手(立命館大)はブルーウェーブの6巡目指名。
 その他の嶋岡孝太内野手(立命館大)、渡辺亮投手(同志社大)、齋藤信介投手(龍谷大)らの関西圏大学生注目選手は、残念ながら指名から漏れてしまった。

 まぁ、近畿大での合同会見の模様も含めて、今ドラフトの僕なりの雑感は明日の日記で触れたいと思う。
 11月19日の日記に書いたように昨日はドラフトであった。
 取材させて貰った選手も多数、指名を受けたことは嬉しいものだ。

 近畿大に到着したのが13:00前。これまでに近畿大の生駒グラウンドには何度も足を運んだことはあるが、東大阪のキャンパスには行ったことはなかった。でも、近鉄・長瀬駅から学生達の流れに身を任せていたら、いつの間にか辿り着いていた。
 校門を入って、正面の大きな建物に。《プロ野球ドラフト会議合同会見会場4階》という貼紙の指示に従う。そして、受付で名刺を提示。ドラフトが始まる1時間前ということもあって、会場はガラ〜ンとしていた。テレビ局がカメラをセットしているくらいで、報道陣はほとんどいない。
 しばらくすると、前主務・島和也を先頭にドラフト候補生である糸井嘉男投手、野村宏之投手、田中雅彦捕手が現れた。
 糸井は自由獲得枠でファイターズ入団が決まっているので、リラックスした面持ち。
「今日は1人じゃないですしね」
 本当に糸井は余裕シャクシャクであった。
 それと対照的であったのが田中だ。冗談交じりに指摘すると
「そんなに堅いっすかね?」
 笑顔を見せたが、緊張感を全身から発している。
 野村はマウンド上と変わらず、ポーカーフェースであった。

《会場配置》
(近畿大小旗)(田中)(野村)(糸井)(榎本監督)(近畿大小旗)

              (報道陣)

 糸井、野村、田中と榎本保監督が会見席に着いた頃には、続々と報道陣で会場も埋まって来る。会場の全員が設置されたテレビ中継を見ながら、直に始まるドラフトを待ち構えていた。

 13:55過ぎ
 自由獲得枠で入団が決まっている契約締結選手の確認が始まった。糸井は自身の名前が読み上げられると、席を立って、深々と一礼。会場は無数のフラッシュと大きな拍手(学校関係者など)に包まれる。

 14:01
 榎本の携帯電話にファイターズより指名挨拶の連絡が入る。糸井も
「宜しくお願い致します。はい、分かりました」
 と、神妙な顔付きで応対していた。

 それから、しばしの間は沈黙の時間。自由獲得枠を行使しなかったカープ、マリーンズ、ドラゴンズの1巡目指名に始まり、各球団の3巡目指名を見守る。そして、ドラフトが20分間の休憩に入った。
 その間、野村は冷静にテレビ画面を凝視。田中は目の前に置かれたドリンクを何度も口にして、右腕にはめた腕時計に視線を落とす。隣の野村に
「長いよなぁ…」
 そう話し掛けていたのは田中の偽らざる本音に違いない。指名の約束を受けていても、実際に名前が読み上げられるまでは一息付けないといったところだろう。

 トイレで榎本と一緒になり、お互いに一服しながら話しをする。
「いやぁ、私までもが緊張しますわ。必ず指名してくれるとは言うて貰ってはいるんですけれどもねぇ。立命館大時代の古田君(敦也捕手、スワローズ)のことが頭をよぎってしまいますよ」
 そう言って、深呼吸でもするかのようにタバコの煙を大きく吐き出した。


 14:40
 ドラフト再開。

 14:46
 緊張がピークに達している田中がマリーンズの4巡目指名を受ける。安堵の表情を浮かべながら、起立して一礼。
 ドラフトの解説をしていたライター・小関順二の寸評に苦笑いする余裕も見せた。

 14:50
 榎本の携帯電話にマリーンズから指名挨拶。

 14:55
 野村がブルーウェーブの5巡目指名を受ける。クールな表情が一瞬だけ崩れて、無邪気な少年のようなものになった。憧れのプロ野球選手になれる喜びがこみ上げて来たに違いない。


 合同会見の概要は下記の通り。

(糸井)
「非常に嬉しい。厳しい世界ですが、1日も早くチームに貢献したい。強気な投球、黒田さん(博樹投手、カープ)のような投手になりたいです。トレイ・ヒルマン監督のメジャー流の下で、大きく育ちたい」

(野村)
「僕も非常に嬉しくて、頑張ろうという気持ちが湧いて来ました。僕がプロ野球選手に憧れたように、憧れられる選手になりたいです。どんな場面でも信頼される選手を目指します。ブルーウェーブは若い選手が多く、明るい印象。早く溶け込みたい。糸井、田中も同じパ・リーグなので、いつか対戦する日が来る。それを楽しみに頑張りたいです」

(田中)
「僕は体が小さい。それでも、野球で通用するところを見せたい。打って、走って、守れる捕手を目指します。マリーンズは応援がスゴイと聞いています。早くファンに親しまれる選手にもなりたいです。あと、糸井と野村と対戦する時は絶対に打ちます」

(榎本)
→糸井
「潜在能力が高い。まだ70%くらいしか出せていない。シッカリ鍛えて貰って、日本一の投手になって欲しい」

→野村
「元々、打者としての能力を買われて入学して来た。それが投手としてホンマに成長した。高校時代から指導している身としても嬉しい限り。変化球、スタミナはあるから、ストレートを強化して欲しい」

→田中
「小柄ながらも元気と努力でカバーして来た選手。この1年も主将として頑張ってくれた。肩と足をアピールして一軍定着して欲しい。投手の球を数多く受け、投手を把握、信頼される捕手に」


 合同会見が終わり、写真撮影に。で、外で待ち受ける野球部員のところへ移動する糸井、野村、田中。ちょうど降っていた雨も止んでいた。
 花束を受け取った後、藤田一也内野手の
「そ〜れ、それっ、それっ!イ〜トイ、イ〜トイ、イ〜トイ」
 という音頭で胴上げが始まった。田中、野村もそれに続いた。

 その光景を見ながら、僕は立命館大の主務・瀬川雄介に電話。松村豊司投手もブルーウェーブから6巡目指名を受けたからである。
「今、バタバタしているんちゃう?“おめでとう”とだけ伝えておいて」
 僕がそう言うと
「ちゃんと松村にも伝えておきますので」
 と、瀬川。


 いつもテレビで観ていたドラフトであったが、今回は臨場感に溢れたものになった。
 活躍を目の当たりにして来た彼等の奮闘を祈る。プロに入って終わりではない。勝負はこれからなのだから。


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 ドラフト全体の雑感も書きたかったのだが…長くなってしまったので、また明日にでも。
 既に僕も機会があれば(専門誌などで)暗にほのめかしているつもりであるし、色々な人間も言及していることであるけれども。現行のドラフト制度は矛盾だらけ。いや、矛盾どころではなく、全くもっておかしなことになっている。
 まぁ、これはドラフトが実施された頃からの課題であり、時代と共に変遷して来ているのは改めて言うまでもないだろう。

 昔から、制度とは違う“逆指名”たる慣習は確かに存在。ハッキリと意中の球団を口にするドラフト候補選手も少なくなかった。
《憧れの球団に入り、憧れのユニフォームを着て、プレーしたい》
 その気持ちも理解出来ないこともないが、それがプロ野球選手として食べて行くのに最良の選択だとは思えない。
 選手を獲得する立場からも。各球団、編成を軸にチーム事情に合った(戦力的、性格的など)選手を求め、優先順位を付けながら評価。そして、獲得に至る訳である。とても大雑把な言い方になってしまうけれども、これが一つの“縁”というものなのではないだろうか?そういう意味では流れに身を委ねて、“縁”を大切にする方が良い。

 敢えて名前は出さないが、今ドラフトでも
「希望の球団以外は社会人に進みます」
 と、明言していることから、これからの交渉の行方が注目されている選手がいる。選手本人は勿論、家族や周囲の関係者にどうしても曲げられない意志や思惑もあるのだろうけれども。まずはプロ野球の世界で勝負出来るドアを開けて貰ったことを一番に考えるべきなのではないか?
“急がば回れ”とは言うけれども。野球選手=アスリートとして勝負するのならば、若い時、評価を受けた時こそが“入り時”だと僕は思っている。
 まぁ、これは個々の力量によって差もあり、遠回りした方が良いケースもあるのだろうが、故障や肉体の若さを考えるならば、やっぱり若いに越したことがない。現に、遠回りの道を選んで、大成した選手がどれだけいるだろう?また、仮に成功の部類に入る選手でも…もっとスゴイ数字を残せたのでは?ついつい、そのような想像をしてしまう。でも、これは“タラレバ”の話しなので、この辺でやめておこう。

 ただ、このような現実が頻出するのは現行ドラフト制度自体に公平感(この言葉で片付けるのも微妙やけどね…)が欠けているから。
 大学、社会人の候補選手にだけ自由獲得枠(逆指名)の権利が与えられているのは判断力と分別があるという尺度であるが、これはコジツケみたいなもの。それに判断力と分別で通用する問題ではない。“縁”と前述したけれども、これに“運”も関わって来る。“縁”と“運”は意思、思惑、判断力、分別でどうにか出来るものではないだろう。そんな割り切りも大事なのだ。

 現行ドラフトは問題が多すぎる。裏金や野球ゴロ(野球ゴロツキ、ブローカー)を生み出す要素がギッシリ詰まっている。

 じゃあ、どうすれば良いねん?
 ベストかどうかは分からないけれども…これは明日の日記で書くことに。


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 異色の経歴を持つ選手も増えて来た。
 一概には言えないかも知れないが、社会人野球の弱体化。受皿の減少が引き金になっているからであろう。


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 タイガース自由獲得枠:筒井和也投手(愛知学院大)
 ファイターズ自由獲得枠:糸井嘉男投手(近畿大)
 マリーンズ4巡目:田中雅彦捕手(近畿大)
 ブルーウェーブ5巡目:野村宏之投手(近畿大)
 ブルーウェーブ6巡目:松村豊司投手(立命館大)

 取材でお世話になった上記の選手に、僭越ながらお祝いの花を贈らせて貰った。まぁ、胡蝶蘭の鉢を贈れる訳もなく…格安の気持ちばかりのものであるんやけれども(苦笑)。


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 先日、明治神宮大会で挨拶したライター・小関順二に改めて、メールを送る。
 すると、すぐに丁寧な返信あり。非常に理知的で懐が深い人柄を感じさせると共に、野球を愛していることが分かる内容のものであった。
 明日(11月22日)から幕を開ける社会人野球日本選手権大会(大阪ドーム)にも来られるようなので、会うのが楽しみである。

一つの案

2003年11月22日
 あぁ、寝坊した…と言っても、6:30過ぎには起きたんやけれどもね。でも、社会人野球日本選手権大会(大阪ドーム)へ行くことを考えると、ユックリと日記を書いている時間がない。だから、寝坊なのである。

 昨日、現行ドラフトには問題が多すぎると書いたが。僕の中でとっておきの解決策となる切り札がある訳ではないのが正直なところ…。
 自由獲得枠廃止→完全ウェーバー制、ドラフト撤廃→完全自由競争などの案も思い浮かぶのだけれども、現行ドラフトは高校生と大学生、社会人を大きく区分けしている印象が強い。であるならば、いっそのこと高校生ドラフトと大学生、社会人ドラフト。別々にしてしまうというのはどうであろうか?
 高校生ドラフトは夏の甲子園(選手権大会)が終わって、1ヶ月以内を目処。大学生、社会人ドラフトはこれまでとほぼ同時期に。

 あくまでも“プロ野球株式会社”に就職するという前提であって、ドラフトはその“配属先”決定の場になる。よって“希望勤務地”はあったとしても、逆指名などという概念は存在しない。(大体、自身が思う通りのところに進学、就職している人間が少ないということを認識するべき。才能があるという言葉で片付けられる問題ではない。昨日の日記にも書いたが、“縁”と“運”の問題でもあるんやからさ)

 また、裏金が飛び交うのも問題であるので、契約金、年俸に関してのルールもキチンと明示する。例えば、
(高校生ドラフト)
 1位指名:契約金上限5,000万円 年俸600万円
 2位指名:契約金上限4,500万円 年俸480万円
 3位指名:契約金上限4,000万円 年俸450万円
 
(大学生、社会人ドラフト)
 1位指名:契約金上限8,000万円 年俸840万円
 2位指名:契約金上限7,500万円 年俸720万円
 3位指名:契約金上限6,000万円 年俸700万円

 などと、現在よりも低目に設定。あとは活躍の度合いによって、インセンティブ(これも上限を設定)でフォローする。

 って、これがベストかどうかは分からないんやけれどもねぇ…。まぁ、一つの案として。


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 というように駆け足で、まとまりのない日記になってしまったが…。
 今から、大阪ドームへ向かいます。

日本選手権大会?

2003年11月23日
 昨日は宣言通りに社会人野球日本選手権大会(第30回記念大会)を観戦する。

(三菱重工神戸7×4 JR四国)
 三菱重工神戸打線は中堅方向へ打ち返す打撃でJR四国の投手陣を攻略して7点を奪う。また、投げては今ドラフトの候補にも名前が挙がっていた渡辺辰徳投手が制球重視の投球。
「今シーズン、7イニング以上を投げたことがなかった」
 ということでスタミナ切れもあったのか、最終回に4点を失うも最後まで投げ抜いた。

(トヨタ自動車7×4東京ガス)
 トヨタ自動車は4番打者・廣瀬栄作外野手(この試合は指名打者)の2打席連続の特大弾(中堅バックスクリーン、右中間中段)、山井晃男内野手の左翼越え本塁打で3点を先制。
 ドラゴンズ7巡目指名を受けた先発・川岸強投手も内外角の投げ分け、球の出し入れが素晴らしく、格の違いを見せ付ける。
 東京ガスも四球と集中打で6回に追い付くも、平石洋介外野手の適時右前打、日橋広和外野手の三塁打で再び突き放されてしまった。

 ジャイアンツ自由獲得枠の内海哲也投手(東京ガス)は試合中にダグアウト前でキャッチボール(登板している投手の相手)はするが、自身の出番はなし。大丈夫かいな!?

 試合後、平石から話しを聴く。
「いやぁ、珍しく気分が高ぶってしまって。1、2打席目は本来のフォームで打てなかったです。グチャグチャでした。でも、試合中に修正することが出来たんで良かったですよ」
 相変わらずの“平石スマイル”を浮かべながら、丁寧に応えてくれた。

 また、大学の後輩になる山之内克憲投手(肩痛?でベンチ入りしておらず)とも久々に会う。
「僕なんかケガばかりしていてダメっすよ…」
 と、落ち込んでいたけれども今こそが踏ん張り所。素材が良いだけに来季の巻き返しに期待したい。

(日本新薬2×1サンワード貿易)
 日本新薬が3回、5回と1点ずつ加点した。先発・木村勝善投手もサンワード貿易打線を相手に完封目前。しかし、9回に2つの四球を与えたのをキッカケに1失点で降板してしまう。
 そして、尚も一死走者2、3塁で高梨利洋内野手が一塁後方のファウルグラウンドにフラフラと飛球を打ち上げた。これを一塁手の山田泰正内野手が背走して追い付く。三塁走者・渡辺直樹外野手はこの山田の捕球体勢を見て、タッチアップするが…山田の素早い反応と好返球で本塁封殺。試合終了という幕切れであった。

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