“かまぼこの板”
2003年5月16日 99年に17勝を挙げた川村丈夫投手(ベイスターズ)は、5月6日のカープ戦(横浜スタジアム)で先発して、593日振りとなる勝利投手になった。
5月14日のジャイアンツ戦(東京ドーム)でも、先発・川村は8回を2失点。9回表二死、スコア2×2の同点から、代打・古木克明内野手(ベイスターズ)の勝ち越し本塁打が飛び出したこともあり、勝利の女神が微笑んだ。
不振に加えて、右肩肩甲骨付近のガングリオン(脂肪塊、昨秋に除去手術)などもあり、近年、本来の力が発揮出来なかった川村。年俸もピーク時のおよそ半分になってしまった。しかし、実力と実績を兼ね備えた投手。それだけに、この復活はベイスターズにとっても、川村自身にとっても喜ばしい事実であろう。
川村は立教大を卒業して、社会人野球の名門・日本石油(現新日本石油)に進んだ。アトランタ五輪の代表選手として好投して、銀メダル獲得に貢献。ちょうど、その頃に聞いた話しである。
僕の中学、高校野球部の1学年上の先輩・Oも立教大の野球部に在籍していた。そして、川村と同級生のチームメートとなった。
「神奈川の学校からよぉ、スゲエ投手が入って来るって聞いてたんだけどよぉ。コイツがまた変な投げ方だったんだよ。本当にスゲエのかよって、不安になったよ」
Oは神奈川県の進学校・厚木高からやって来た川村の初印象をそう語った。確かに、川村の投球フォームは少しばかり異質だ。特に、腕の振りは極端に肘が先行しているので、一見は投手らしくないようにも映る。
ただ、これには背景があって、川村は柔道の背負い投げを意識するような投球フォームをイメージすることを中学時代か高校時代に指導されたらしい。相手の懐に入り込み、畳の上に叩き付ける。その動きと投球フォームがダブるように。その結果、肘が先行することで俗に“腕が遅れて出て来る”や“球持ちが良い”ということになり、重心も前に乗る。だから、川村の投じる球はスピードガンが計測するスピード以上に速く感じる。対戦する打者は一様に口を揃えるのだ。
Oは続ける。
「大学1年か2年の頃だったかなぁ。自主練習の時に、タケオ(川村)がネットに向かって、何か投げてたんだよ。何だったと思う?笑うぜ。“かまぼこの板”だぜ。しかもさぁ“かまぼこの板”が真っ直ぐシューって」
Oが私に身振り手振りで説明してくれたのは、“かまぼこの板”の面と地面が平行を維持したまま、ネットに突き刺さる様である。さすがに“かまぼこの板”はその場になかったので“タバコの箱”を代用品として、何度か壁に投げてみる。肘でリードして、リリース時にスナップを効かさないと“タバコの箱”はグルグルと、回転してしまう。
投手の腕の使い方はしばしば“ムチがしなるよう”などと表現されるが、基本的には肩・肘・手首の三点で三角形を作り、肩を中心に回転運動を始め、リリースポイントでは肘が支点となって、球を打者に対して投じる。この肘が支点となってからの腕の動作が“ムチがしなるよう”と、表現されるのであろう。当然、連動して腰の捻りや回転。足の蹴りなども球のスピードとキレを産み出す要素となるのだろうが、ここではあくまでも腕の使い方である。オーバーハンドであろうがアンダーハンドであろうが、右利きであろうとも左利きであろうとも、僕が観察する限りではこの“三角形の基本動作”は守られているものと思われる。
話しは逸れてしまうが、この“三角形の基本動作”は野球の投手だけに限られたものではない。
テニスのプレーヤーがサーブを打つ時も、バレーボールのアタッカーがスパイクを打つ時も。アメリカンフットボールのクォーターバックがパスを投げる際も同様の肩・肘・手首の三角形は形成されている。恐らく、この動きが関節に与える負担が最も少なく、(それでも、故障は生じてしまうのだが…)威力があり、精度の高いパフォーマンスを生み出すのであろう。人間の体の構造って、面白いものだ。
話しを川村に戻そう。非常に難しいのであるが川村の生命線とも呼べる腕の使い方を。ストレートを投げるという前提で文字にして、分析してみよう。
グラブをはめた左手(右投手)は投げたいと思う方向。すなわち、対戦打者に向かって振りかざされる。そして、その時に球を投げる右腕は既にテークバックと呼ばれる状態に入り、当然ながら、肩・肘・手首の三角形は川村の右後頭部付近で作られている。
次に下半身で蓄えた捻りを力として回転させながら上半身に伝え、徐々に対戦打者に正対するように向かって行くのだが、まだ右側頭部付近で右腕の三角形が保たれている。
そして、さらに次の段階。普通の投手ならば右腕はもうリリースポイントに達し、打者に向かって渾身のストレートを投げ込むのであるが、川村の右腕はまだ三角形を保ちながら、その三角形の一角である肘だけが対戦打者に向かっているのである。
このように普通の投手よりコンマ何秒か遅れて出て来た川村の右腕は肘を支点として、リリースのタイミングを迎える。分かり易くイメージして貰うならば、テコの原理を応用した、原始時代に使われていた投石器を思い浮かべて貰うのが良いかも知れない。ただ、投石器と異なるのは遠心力のみに頼るのではなく、川村はさらに掌の中で球を滑らせ転がすように送り、人差し指と中指まで達した瞬間にスナップを効かせて、球を切るように押し出す。この動作はボールに強烈なバックスピンを与え、対戦する打者に実際の球速以上のスピードを体感させる。しかも、リリースポイントが打者に近くなる為にコントロールの不安も解消されるという利点もある。
少しばかり不可思議な光景ではあるけれども“かまぼこの板”を投げることで、きっと川村は腕の使い方をチェックしていたに違いない。
今回、復活の道程で、川村はかつてのように“かまぼこの板”を投げていたんかな???
プロ野球の投手が“かまぼこの板”を投げている姿を思い浮かべると、ちょっと微笑ましい(笑)。
5月14日のジャイアンツ戦(東京ドーム)でも、先発・川村は8回を2失点。9回表二死、スコア2×2の同点から、代打・古木克明内野手(ベイスターズ)の勝ち越し本塁打が飛び出したこともあり、勝利の女神が微笑んだ。
不振に加えて、右肩肩甲骨付近のガングリオン(脂肪塊、昨秋に除去手術)などもあり、近年、本来の力が発揮出来なかった川村。年俸もピーク時のおよそ半分になってしまった。しかし、実力と実績を兼ね備えた投手。それだけに、この復活はベイスターズにとっても、川村自身にとっても喜ばしい事実であろう。
川村は立教大を卒業して、社会人野球の名門・日本石油(現新日本石油)に進んだ。アトランタ五輪の代表選手として好投して、銀メダル獲得に貢献。ちょうど、その頃に聞いた話しである。
僕の中学、高校野球部の1学年上の先輩・Oも立教大の野球部に在籍していた。そして、川村と同級生のチームメートとなった。
「神奈川の学校からよぉ、スゲエ投手が入って来るって聞いてたんだけどよぉ。コイツがまた変な投げ方だったんだよ。本当にスゲエのかよって、不安になったよ」
Oは神奈川県の進学校・厚木高からやって来た川村の初印象をそう語った。確かに、川村の投球フォームは少しばかり異質だ。特に、腕の振りは極端に肘が先行しているので、一見は投手らしくないようにも映る。
ただ、これには背景があって、川村は柔道の背負い投げを意識するような投球フォームをイメージすることを中学時代か高校時代に指導されたらしい。相手の懐に入り込み、畳の上に叩き付ける。その動きと投球フォームがダブるように。その結果、肘が先行することで俗に“腕が遅れて出て来る”や“球持ちが良い”ということになり、重心も前に乗る。だから、川村の投じる球はスピードガンが計測するスピード以上に速く感じる。対戦する打者は一様に口を揃えるのだ。
Oは続ける。
「大学1年か2年の頃だったかなぁ。自主練習の時に、タケオ(川村)がネットに向かって、何か投げてたんだよ。何だったと思う?笑うぜ。“かまぼこの板”だぜ。しかもさぁ“かまぼこの板”が真っ直ぐシューって」
Oが私に身振り手振りで説明してくれたのは、“かまぼこの板”の面と地面が平行を維持したまま、ネットに突き刺さる様である。さすがに“かまぼこの板”はその場になかったので“タバコの箱”を代用品として、何度か壁に投げてみる。肘でリードして、リリース時にスナップを効かさないと“タバコの箱”はグルグルと、回転してしまう。
投手の腕の使い方はしばしば“ムチがしなるよう”などと表現されるが、基本的には肩・肘・手首の三点で三角形を作り、肩を中心に回転運動を始め、リリースポイントでは肘が支点となって、球を打者に対して投じる。この肘が支点となってからの腕の動作が“ムチがしなるよう”と、表現されるのであろう。当然、連動して腰の捻りや回転。足の蹴りなども球のスピードとキレを産み出す要素となるのだろうが、ここではあくまでも腕の使い方である。オーバーハンドであろうがアンダーハンドであろうが、右利きであろうとも左利きであろうとも、僕が観察する限りではこの“三角形の基本動作”は守られているものと思われる。
話しは逸れてしまうが、この“三角形の基本動作”は野球の投手だけに限られたものではない。
テニスのプレーヤーがサーブを打つ時も、バレーボールのアタッカーがスパイクを打つ時も。アメリカンフットボールのクォーターバックがパスを投げる際も同様の肩・肘・手首の三角形は形成されている。恐らく、この動きが関節に与える負担が最も少なく、(それでも、故障は生じてしまうのだが…)威力があり、精度の高いパフォーマンスを生み出すのであろう。人間の体の構造って、面白いものだ。
話しを川村に戻そう。非常に難しいのであるが川村の生命線とも呼べる腕の使い方を。ストレートを投げるという前提で文字にして、分析してみよう。
グラブをはめた左手(右投手)は投げたいと思う方向。すなわち、対戦打者に向かって振りかざされる。そして、その時に球を投げる右腕は既にテークバックと呼ばれる状態に入り、当然ながら、肩・肘・手首の三角形は川村の右後頭部付近で作られている。
次に下半身で蓄えた捻りを力として回転させながら上半身に伝え、徐々に対戦打者に正対するように向かって行くのだが、まだ右側頭部付近で右腕の三角形が保たれている。
そして、さらに次の段階。普通の投手ならば右腕はもうリリースポイントに達し、打者に向かって渾身のストレートを投げ込むのであるが、川村の右腕はまだ三角形を保ちながら、その三角形の一角である肘だけが対戦打者に向かっているのである。
このように普通の投手よりコンマ何秒か遅れて出て来た川村の右腕は肘を支点として、リリースのタイミングを迎える。分かり易くイメージして貰うならば、テコの原理を応用した、原始時代に使われていた投石器を思い浮かべて貰うのが良いかも知れない。ただ、投石器と異なるのは遠心力のみに頼るのではなく、川村はさらに掌の中で球を滑らせ転がすように送り、人差し指と中指まで達した瞬間にスナップを効かせて、球を切るように押し出す。この動作はボールに強烈なバックスピンを与え、対戦する打者に実際の球速以上のスピードを体感させる。しかも、リリースポイントが打者に近くなる為にコントロールの不安も解消されるという利点もある。
少しばかり不可思議な光景ではあるけれども“かまぼこの板”を投げることで、きっと川村は腕の使い方をチェックしていたに違いない。
今回、復活の道程で、川村はかつてのように“かまぼこの板”を投げていたんかな???
プロ野球の投手が“かまぼこの板”を投げている姿を思い浮かべると、ちょっと微笑ましい(笑)。