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 山際淳司の著書に、スクイズバントをあまり好まない高校野球の監督がそのサインを出す、出さないで苦悩するストーリー・『スクイズ、フォーエバー』というものがある。僕的にはとても好きな作品だ。

 得点する為の作戦であるスクイズバント。ある場面で、喉から手が出る程に1点が欲しい。 その時、采配を振るう監督の心は大きく揺れ動く。
「打者がキッチリと、転がしてくれさえすれば…」
 かなりの高確率で得点出来るはず。いや、きっと成功するに違いない。野球の監督という人種はそのような“魔法”に掛かってしまうもの。だが、最悪のケースも幾つか頭をよぎる。
 打者が空振りして、三塁走者は三本間で挟殺死…絶好の得点機を潰す。
 スクイズバントが小フライとなってしまい、まず打者がアウト。で、好ダッシュを切っていた三塁走者は慌てて三塁に戻るも、三塁キャンバスへベースカバーに入った野手に球が転送されて…併殺打。
 などなど。
 しかし、状況判断、経験に裏打ちされた勝負勘、様々な思案の中で葛藤。限られた僅か数秒の時間で、いざスクイズバントを決断する。そして、明と暗はサインを出してから数秒後に。言い換えれば、“魔法”は結果論で“良い魔法”と“悪い魔法”に形を変える。

 関西学生リーグ最終節“同立戦”(同志社大×立命館大、西京極球場)の戦いも、スクイズバントが大きな決め手となった。

《5月25日・第1戦》
 9回表
 同志社大は2点のビハインド。1×3で立命館大にリードされていた。しかも、失った3失点は全て失策絡みという後味の悪さ。この9回表の攻撃で、せめて同点に追い付かなければ敗戦に。残念なことに優勝争いからは脱落したが、立命館大から勝点を挙げることで、同志社大は5位から4位に浮上。
「5位も4位も、優勝を逃したら同じ。無意味やん」
 そう言ってしまえば、それまでだが…1つでも順位を上げたいのが本音だ。必然的にプレッシャーは押し寄せる。
 かたや立命館大は勝利まで、あと3つのアウトを取るだけ。さらに、近畿大との熾烈な優勝争いの中、大きな1勝になる。同志社大に2連勝すれば、プレーオフ(2勝1敗でプレーオフ、1勝2敗、0勝2敗ならば近畿大が単独優勝)を回避して単独優勝が決まるからである。

 詳細は紙数の関係で省くが…このような状況下、同志社大は7番打者・桑原宏弥捕手のスクイズバントで同点に追い付いた。それで、9回裏の立命館大の攻撃を封じて延長戦に持ち込み、逆転勝ち(延長12回を戦い4×3)を収めたのだ。

 激戦の後、同志社大・吉川博敏監督は
「桑原が良い状態(打撃が)で、球がよく見えていた。だから、きっと成功すると信じて」
 と、スクイズバントを決断した理由を語る。決して、“良い魔法”に掛かったとは応えなかった(応える訳がない)。

《5月27日・第2戦》※前日は5回表途中雨天ノーゲーム
 4回表
 3回裏、立命館大は同志社大に先制を許すが、四球、野選、犠打で一死走者二、三塁のチャンス。打席では、リーグ屈指の強打者・嶋岡孝太内野手が丹念に足場を均す。
「最悪でも外野フライで、まずは同点ちゃうかな?」
 僕は記者席で、誰に言う訳ではなかったがボソボソ呟く。しかし、次の瞬間、我が目を疑った。なんと、嶋岡はスクイズバントをしたのである!!!
 結果は染田賢作投手への小飛球。ただ、このスクイズバント失敗で、立命館大は1点を奪い、同点に追い付いている。それは、慌てて帰塁する走者・具志賢三内野手につられてしまったのか?ベースカバーに入る野手とのタイミングが合わなかったのか?染田は三塁キャンバス上を大きく外れる悪送球…球が左翼のファールグラウンドを転々とする間に、具志は三塁キャンバスを踏み直してから本塁へ生還したからだ。

 同点にはなったけれども、このスクイズバントは失敗であった。そして、何よりも。失敗した打者はスクイズバントとは無縁と思われる主砲の嶋岡なのである。
 確かに、もう敗戦が許されない立命館大としては、是が非でも同点に追い付かなければならない場面。嶋岡にスクイズバントさせてでも欲しい1点。という気持ちが強かったのだろう。試合後に立命館大松岡憲次監督は
「嶋岡の力を考えたら、迷ったんですけどね。でも、本調子(嶋岡の打撃が)ではなかったから。どうしても1点を取りに行かなければならない場面だった」
 取り囲む取材陣を前にして説明。不思議なことに、吉川監督とは好対照の決断理由と言っても良い。でも、これは結果論なのだ。監督の決断理由がどうであれ、成功すれば万々歳。失敗すればただの作戦ミスとなる。

 得点を挙げた展開は予想外であったが、待望の1点を奪った立命館大。しかし、僕的には松岡監督の思惑とは反対の悪い方向へ向かったように思える。
 まず、不動の四番打者にスクイズバントさせてまでという松岡監督の勝負に対する貪欲な姿勢に、立命館大の大半の選手が
「監督も焦っているんかな?」
 というような顔色へ変わったように映ったから。
 次に、嶋岡の挙動が不審になったのも見逃せない。
 スクイズバント後、嶋岡には打席が2回(2回とも二塁ゴロ)巡って来たが、ウェーティングサークルでも上の空。スイングの数がいつもより少なく、バットを右肩に担ぎ、宙を見つめている時間が多かった。
 また、打席が回って来ない攻撃中。投手でもないし、守備固めに備える野手でもない嶋岡がダグアウトの前でキャッチボールやゴロ捕球を繰り返す。初めて観る光景であった。気を紛らわそうとしていたのか?ダグアウト内に居場所がなかったのか?本人に確認していないが、恐らくはそのような理由に違いない。

 このような経緯があって…これまた結果論になってしまうかも知れないが、このスクイズバントが勝負の重要な分岐点になったような気がしてならない。『スポーツうるぐす』(日本テレビ系)の野球評論家・江川卓もそう言うだろう。《江川な人》で、もっともらしく。

 立命館大はこの試合にも敗れたうえに、リーグ優勝をも逃した。開幕7連勝の好スタートも、最後は4連敗という屈辱でリーグ戦の戦日程を終えたことになる。
「今年のチームは精神的に強い子が多いんです。それが裏目に出たのと、あとは精神だけでもどうにもならんということ。根本的な力が足りなかったんですよ、選手も僕も。鍛え直して、秋は頑張ります」
 松岡監督が唇を噛み締めたところで、囲み取材の輪は解かれた。もうスクイズバントについて言及する取材陣もいない。こちらから問わない限りは、松岡監督も今回のスクイズバントのことを語ることもないだろう。だが、敢えて僕は機会があったら、こう尋ねてみたい。
「あの時のスクイズバントは“悪い魔法”に掛かってしまったんですか?」
 松岡監督はどのような顔をして、どのように応えてくれるか楽しみだ。

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